2023.6.23 毎日投稿 174回
――――屍が、高い山を築いている。
形も色も様々で、ただ滴る血の色は、一様に赤色をしている。
まともに四肢の繋がった屍は一つとしてありはしない。
屍たちの貌は、どれもが絶望に塗りつぶされていた。
その屍山の頂上で、胡坐をかいて暢気に煙草を燻らせていた。
黒い男。
洒落た黒地の軍服を緩く着こなす男だった。
夜の闇を吸ったような純黒の髪に、鮮やかな赤が混じっている。
湛えた笑みは獰猛で、鋭い眼光は獲物を狩る寸前の虎を想起させる。
気の抜けた風体でありながら、纏う気配は剣呑としている。
咥えた煙草の火種が熾って、光る。
唇の間から覗く歯は、白かった。
紫煙をたっぷりと吐き出した後、まだ半分ほどの煙草をひょいと軽く宙へやった。
その煙草が屍に落ちるより先に、黒い炎に包まれて消えた。
男の赤い瞳が、周囲の闇を呑み込むほどに炯々と耀いた。
野獣が笑ったならきっとこんな貌になるはずだ。
「辛気臭え、仏頂面ぶら下げて何の用だい? 広目天」
屍山の麓に立つ男に、揶揄い交じりに言った。
「————相も変わらず、貴様の仕事は雑だな」
眉間に皴を寄せて、睨め付けて返す。
言われた男は、愉快そうにくつくつと笑うだけだった。
立ち上がる。
「んあー」
腕を伸ばして、背筋を逸らした。
屍山から何の気負いもなく飛び降りた。
尋常でない高さから、何の躊躇もなく。
文字通りの山から落ちる。
肩には織った外套が遅れて、舞い落ちてくる。
それを手で無造作に掴んで、再び羽織った。
「恰好を付けるのは構わんが、やるならしっかりとやれ、間抜けに見えるぞ貴様」
「男は格好つけるもんだろうが」
「だから、恰好が悪いと言っているんだ」
にべもなく言い返された男は広目天をむっと睨む。
純白の軍服の着こなしは、一部の隙も、乱れもない。
黒い髪を撫でつけ、結われており、後れ毛一つない。
広目天らしい格好でなあるが、つまらないとも思う。
しかし、それがこの男の良さでもある。
「で、何の用だい」
「貴様の仕事が雑だと言ったろう。そのせいで人界に逃げ込んだ」
広目天は、感情をのせずに苦言を呈した。
黄金の瞳が、冷ややかに男を見据えている。
寒気がする瞳だった。
爬虫類じみた冷徹な瞳孔が絞られ、ただ、じっと見ている。
広目天という男は、嫌いではないがこの瞳だけは好きになれなかった。
無感情に観察するような、情の希薄な黄金の瞳。
「俺の一閃から逃れられるなんて、運のいい野郎もいたもんだなぁ。そういう奴は縁起がいいぜ」
「—————……羅毘の苦労が目に浮かぶな、貴様のような男の下に付くなど、言葉もない」
「ちょうどいい退屈しのぎになるだろうよ」
意地の悪い笑みを浮かべて、男が言った。
広目天が、ゆるく頭を振って嘆息する。
「帝釈天様がお呼びだ」
至極簡潔に、広目天は言った。
「あぁ? そんな言付け言うために、わざわざ魔界(こっち)に来たってのか、広目天よぉ」
「私以外、魔界(こちら)に来れるわけもあるまい。持国天と増長天は貴様に怯えている」
「ぶーあはははっ! なんでぇそりゃよ。四天王ってのはそんな貧弱で勤まるもんなのかい」
男の呵々大正が花火のように夜に咲いた。
小説の練習というより、冒頭シーンのプロット。
プロローグ。
魔界の設定や四天王などの設定は変わったりします。
細かい描写を削いだ骨組み、ここから肉付けしたらいい感じに書けそうな気がする。
鯉庵