商業主義的作品は悪ではない
2023.5.10 毎日投稿 第129回
何度も擦ってしまうが、マリオ映画の評価の中で「魂がない商業主義作品」だとか「大衆に媚びた作品」という批判が散見される。
言わんとしていることは、なんとなくわからんでもないのだが、作家性をモロに出した作品が必ずしも素晴らしい作品だという事はないと思う。
悪いい方だが「オナニー作品」になっている作品もあるのだ。
そういう作品の作家は、往々にして客の所為にしがちだ。
僕自身が、ようやくそのことに気づいたのだが観られない、読まれない作品ほど空しいモノはない。
読んでくれる・観てくれるお客の事を考えていない作品は、当たり前だが、売れもしないし、評価もされない。
僕は僕のペースで作品を作っているが、本来ならもっと作品を公表するべきなのだ。
「アクティブが減ったコンテンツはオワコンだ」という話をある人が言っていた。
今ならば、それが真実だと思える。
僕は作品の認知を広めるための努力を怠ってきた。
その結果は、僕の責任だから受け止めねばならない。
こうしてブログを書ているのも、活動の一環ではあるが、作品の広報にはなっていないだろう。
売れている作品・評価されている作品が最高のコンテンツろいうことではないものの、少なくとも作家の独りよがりな作品よりはよっぽど素晴らしい。
思想やテーマ性、メッセージ性がある作品も素晴らしくはあるが、押しつけがましい作品が多いのは事実である。
お客さんに向けて全力で作ったコンテンツの方が愛されるのは、当然なのだ。
鯉庵